フォントワークス 書体デザイナー/越智亜紀子
2017年4月、フォントワークスから新しい書体「パルラムネ」が登場しました。この書体をデザインしたのは、書体デザイングループの越智亜紀子です。入社して6年、越智がデザインした「パルラムネ」は、今風の脱力系な味をもつキャッチ書体。フォントワークスに入社する過程は、とてもユニークなものでした。学生時代からフォントワークスへ、そして新書体の特徴などについて、話を聞きました。
書体デザイナーになるためにやったこと
日本大学芸術学部でデザインの勉強をしていたときは、なんとなく「このままグラフィックデザイナーになるのかな」と思っていました。でも、多くの学校の課題を進めていくと、「この道で大丈夫かな、自分に合っているのかな」と考えることも多くなってきたんです。
その中で唯一、自信が持てたのはタイポグラフィの授業。文字を専門に扱う仕事がしたい、そう思ったときにタイミング良く見つけたのが、「書体デザイナー」という仕事の存在を知るきっかけになったインターンシップでした。まず思ったのが“縁の下の力持ち”のような、職人的ですごく格好いい! 私もそんな仕事がしてみたいということ。でも、書体デザイナーになる方法はまったく分からない。だから、とにかく「当たって砕けてもいいや」と、思い付く方法からどんどん行動していました。
インターンシップ先で出会った書体メーカーの方に「書体デザインの仕事」について伺ったり、また他の書体メーカーに伺って求職状況を聞いたり……。そのうちにいろんな縁が繋がって、弊社の藤田に面接してもらうところまでたどり着き、フォントワークスへの入社が決まったんです。実は、面接ではかなりユニークなテスト? のようなものがあったのですが、これは、これから書体デザイナーを目指す方のために秘密にしておきますね。
書体の本質に触れた研修期間
入社して初めて触れたのが筑紫明朝でした。筑紫明朝Lや筑紫ゴシックDをお手本に、自分の名前「越智亜紀子」を四角いマス目の中にレタリングするんです。ちなみに、ここでお手本にするのは「越智亜紀子」という文字そのものではなく、基本のエレメントが備わっている「永」「騒」「見」「美」「成」の5文字でした。
この5文字を見ながら、私の名前に必要なエレメントに徹底的に分解して、エレメントを広げて、跳ねさせて、近づけて、と頭と手を動かしているうちに、筑紫書体のエレメントを体感できたんじゃないかなと思っています。書体デザイナーになりたいと言っても、学生時代はそれほど文字に興味があったわけでもなく、ただあこがれから目指した職業です。だから入社してからの方が学びが多くて、とくにこの期間は「書体」そのものの本質に触れられた貴重な機会だったと思います。
そのうちに、花風テクノ、スキップ-E、UDフォントなどの書体制作に少しずつ携われるようになってきました。といっても最初は記号や丸付き数字記号といった簡単なものからです。となりの席が藤田だったこともあり、いつも隣で何をやっているかを見ながら、ときには質問攻めにしながら書体デザインの仕事を夢中で学んでいきました。
「パルラムネ」の誕生
当時の書体デザイングループはだいたい1年のスケジュールが決まっていて、4月から始まって次の年の1月くらいには次年度にリリースする新書体に向けたデザイン案を考える時期がありました。「パルラムネ」は、入社した年に試作した「カール」という書体のデザインを藤田に見てもらったときの一言から始まりました。「その感じいいね。だけど、もっと今風の書体をつくってみて」
そこで、どういった書体が今風なのか、いろいろなメーカーのファンシー書体を見てみると、一見骨格がパラパラと不揃いに見えてやる気がなさそうだけどカワイイ──そういうものが今受けているんだな、ということが分かってきたんです。振り返って「カール」を見てみたら元気いっぱいなデザイン。これはこれでウケるのだろうけど、「今風」じゃないよな、じゃあ「脱力系のゆるかわいい」でいこう!という感じでコンセプトが決まりました。
試作していると、私の後ろから藤田がジーッと見ていて……。この書体は大丈夫かな?と心配に思っていたら「なるほど、今風の文字だから早く作った方がいいかもね」って一言。この時の試作文字が「は」だったということまで、しっかり記憶しているほど、コメントをもらうまでは不安でしたね。そのあとの社内外で行ったリサーチでも、いちばん評価の高いデザインだったので、正式リリースに向けたデザインが始まったんです。
品の良い脱力系書体=「パルラムネ」!?
「パルラムネ」の特徴は、重心を下に持ってきたところでしょうか。目指したのは脱力系ですが、頭を大きくして生意気に見えたら困ります。それと「かな」のはらいについても、はらい方次第で脱力系の方向が大きく変わってくるので「パルラムネ」らしい巻き方の大きさとバランスを見つけるまで苦労しました。藤田曰く、「全体を品良く仕上げないとその書体が1.5流~2流に見えてしまう」と。
実はこれまで「越智さんは藤田さんの弟子だね」と言われると「いやいや~それは違う」と思っていたんですが(笑)、「パルラムネ」を作っているうちに、あながち違うとも言い切れないなと考えが変わってきました。私の頭の中には常に、高い品位で評価を受けている筑紫書体がありますし、書体制作にかける姿勢に関しては、藤田からやはり大きな影響を受けていると感じています。
ひらがなやカタカナ、漢字部分はある程度連続して作れたのですが、数字やアルファベット、記号類の制作を開始した時には、少し時間が空いてしまっていたので、最初に自分が思っていた「パルラムネ」のイメージを取り戻すのに時間が掛かってしまいました。「パルラムネ」は字面が小さいことも特徴なんですが、記号類を少し大きく作ってしまっていたんです。そういうときは、いつも藤田が適切なヒントをくれました。その1文字に一生懸命になりすぎると、その書体の本質を忘れそうになってしまう。でもそれは文字セットを作るうえで絶対忘れてはいけないことなんだと。これを常に意識することに気付かされた瞬間だったと思います。
そしてアルファベットは、アセンダ、ディセンダ、エックスハイトなどのルールが決まっているので、その中でいかに「パルラムネ」らしいデザインにしていくかも大変でした。一方、記号部分は和文部分に合わせてかなり遊んでいるので、それにも注目して欲しいです。
実は、制作以上に追い込まれたのが「書体名」でした。開発段階では「ロリポップ」と呼んでいたのですが、この書体の雰囲気には可愛すぎる名前だったので、しっくりきていなかったんですね。そこで「ラムネ」という書体名にしようとしたら、藤田から「『筑紫』という書体名が藤田重信のブランドであるように、越智が作る書体にもブランド名を考えて」と言われて……。もう大パニックでしたね(笑) これから私が作る書体全ての頭に付く言葉って何がいいんだろうと、友人を巻き込んで一晩考えて、英語で「仲間/友達」という意味をもつ「パル」にすることにしたんです。
書体デザイナーとしての喜びとこれから
フォントワークスはいろいろな書体を作っているので、入社したての頃でも既にたくさんの書体制作に携わることができました。書体が完成するとやりきった充実感や達成感はもちろん感じていましたが、「自分がデザインした書体が世に出る喜び」はまだ知りませんでした。
ですが「パルラムネ」を完成させて、リリースしたとなると、それだけではない気持ちが生まれています。なんだか、世の中の皆さんに向かって「よろしくお願いします」と言いたいような気持ちです。書体デザイナーとしての喜び、本当の意味での仕事が楽しいと思えたのは、ここ1~2年のことかもしれません。何しろ、それまでは必死で食らいついていくという感じでしたから。
今は次に何を作ろうかと考えているところです。これまでにフォントワークスでも作っていないような書体で、お客様に必要とされている書体。それをまたリサーチしながら、「パルブランド」らしい、つまり私らしい書体を作っていきたいです。
「パルラムネ」はキャッチ書体なので、コミックタイトルや商品パッケージなどいろいろな所で活躍できるのではないかと思っています。何よりもう、使っていただけるだけでありがたいですね。「パルラムネ貯金」をしているので、毎日いろんな書店やお店を巡って、パルラムネを使った品物を買い回りたいと思います!