視覚障がい者(弱視)、高齢者のためのIDフォントの研究

 フォントワークスはフォントの更なる可能性を求めて、視覚障害者(弱視)、高齢者にとって最適なフォントを求めるべく研究を実施しました。その内容を報告します。

 当社では、ユニバーサルデザインという観点からUDフォントの研究と開発を行ってきました。当社のUDフォントは、全ての人に有効なデザインであることを目指してきました。しかし、様々な顧客との話し合いの中で、全ての人に有効なデザインを一つ行うよりも、特定のグループ毎に変化を加えてそれぞれのデザインを行う方が、結果的に、全ての人に最適なデザインを届けられるのではないのかということを考えるようになりました。

 最初のUDフォントの研究では、高齢者を対象とした実験も行いました。
結論としては、高齢者、若年者間で、あまり違いがないと結論づけ、当社UDフォントを2015年よりリリースしています。
前段で述べた考えに照らすと「あまり違いがない」とするのではなく、小さな違いに対応する必要があります。高齢化がより進む社会に対応することにもなるため、まずは、ここから取り組むことにしました。

 議論の中で、高齢者だけではなく、視覚障害者(弱視)も取り込んだ方が良いという意見が出たため、視覚障害者(弱視)、高齢者のためのUDフォントの研究と開発を行うことにしました。2021年度において、当社のフォントの中から最適なフォントを見つけるとともに、問題も見つかりましたので、それを解決するようにフォントを開発しました。それに伴って、新たにインクルーシブデザインフォント(IDフォント)とすることにしました。

研究の概要

1.フォント開発

UD角ゴ_スモールBをベースとする新たなフォントの開発を行いました。

・判別性の向上
21年度の研究結果からいくつかの文字組の判別性が芳しくないことがわかっています。そこで、以下の文字について、変更しました。実際には、数種類の修正案を作成し、評価実験で評価し、その結果を受けて変更しました。

・可読性の向上
書体のデザインでは、いくつかの錯視を意識しています。その中に横画が太く見える(フィック)錯視があります。このため、縦画を横画より太くすることで、画線の太さが同じに見えるようにしています。加齢に伴って、錯視量が変わることが言われていますので、横画あるいは、縦画を変更することで可読性が変わる可能性を考えました。そこで、漢字のみに対して、そのようなフォントを作成し、実験で比較評価しました。非漢字(英数字、かななど)については、全て同じです(判別性の向上を除く)。

2.フォント比較実験

二つの実験を実施しました。
・可読性評価実験
「読みやすさ」という観点からフォントを評価します。

・判別性評価実験
誤読しやすい文字の「判別しやすさ」という観点からフォントを評価します。
今回の研究は、視覚障害者(弱視)、高齢者にとって、開発したフォントの中から最適なフォントを求めることを目的にしました。

被験者の選定は株式会社ミライロ、株式会社アスマーク様にお願いしました。

表1:被験者

視覚障害者(弱視)条件 高齢者条件
「弱視」 年齢65歳以上
男女/年齢のバランスは不問 男女のバランスは不問
先天性/後天性のバランスは不問 視覚障がいがない

開発したフォント、ベースとしたフォント、比較時の基準とするフォントとして筑紫ゴシックを対象としました。

表2:実験フォント

視覚障害者(弱視)に対しては、前回と同じオンラインでの実験を試みました。実験用のWebアプリを作成し、それを被験者がPC、あるいは、タブレットで動作させて実験を行いました。PCとタブレットは被験者のものを使用しました。実験アプリの文字表示では、Webフォントを使用しました。実験に当たって、以下の制約を被験者に対して設定しました。


実験詳細

■可読性実験

表3:可読性実験
図1:可読性実験

■判別性実験

表4:判別性実験
刺激1
刺激2
刺激3(刺激1~3:図2判別性実験)

実験結果

予備実験を行い、その結果を見て本実験を実施しました。しかしながら、予備実験の結果から変更を加える必要がないと考えたため、本実験もそのまま実施しました。

□判別性実験

表5:判別性実験

□判別性結果

視覚障害者(弱視)は有効正答率に満たない被験者が5名いました。その5名を除いた各文字の組み合わせに対するインクルーシブデザインフォントの正答率は以下のようになりました。薄い色がかかった正答率は、誤答が一つ以下のものです。

表6:判別性正答率

視覚障害者(弱視)は特に「ぼ」と「ぽ」の組み合わせに対する正答率が悪いことがわかりました。
 回答までにかかった時間の平均秒数は以下のようになりました。インクルーシブデザインフォントの方が速くなっています。

表7:判別性性能

□可読性実験

表8:可読性実験

□視覚障害者(弱視)可読性結果

視覚障害者(弱視)、高齢者で評価結果の違いが少しありました。

本文

見出し

図3:視覚障害者(弱視)可読性結果

□視覚障害者(弱視)可読性評価

本文では、最も良いグループのUD角ゴ_スモールBHE、UD角ゴ_スモールBVEはほぼ同じです。同様に、見出しもほぼ同じです。お互いの比較でもほぼ同じになっています。これらのことから、UD角ゴ_スモールBHE、あるいはUD角ゴ_スモールBVEが良いと判断します。

□高齢者可読性結果

本文

見出し

図4:高齢者可読性結果

□高齢者可読性評価

本文も見出しもほぼ同じ結果になりました。UD角ゴ_スモールBHEとUD角ゴ_スモールBが評価の高いフォントになりました。また、横画が太いフォントの方が、縦画が太いフォントよりも良い結果が現れています。これらのことから、UD角ゴ_スモールBHEが良いと判断します。