フォントワークスはフォントの更なる可能性を求めて、フォントについての基本的な性能を求めるべく、九州大学との共同研究を実施しました。
〈研究員〉
九州大学大学院芸術工学研究院コンテンツクリエーティブデザイン部門
伊原 久裕 教授
藤 紀里子 助教
宮垣 貴宏 テクニカルスタッフ
九州大学大学院芸術工学研究院デザイン人間科学部門
須長 正治 教授
九州大学教育改革推進本部
楊 寧 特任助教
〈研究名〉
フォントの印象ならびにフォントの形態属性との関連性に関する基礎的研究
研究の背景
〔UDフォントの評価に関する研究〕から始まる、当社が行った多くの研究では、フォントの形態属性を計測し、それと実験結果との相関関係を調査しています。その過程で、被験者が文字の濃度と字面面積を認知していることが分かりました。逆に、それ以外の形態属性を認知しているということをはっきりと特定できませんでした。その結果、当社は、「多くの人々は、文字の形態について、濃度と字面面積以外は認知できない」という可能性を抱くようになりました。
人は文字を見る時、記号として認識するだけでなく、画像としても見ています。その結果、情報としての文字を認識すると同時に、画像としての印象も捉えていると考えられます。濃度と字面面積は文字の黒い部分と大きく関連します。つまり、「多くの人々は文字を画像として認知する時に、その黒い部分の印象を強く捉えている」可能性があるということになります。
当社では多くのフォントを開発、販売しています。その開発においては、フォントが与える印象を意識し、形態(黒い部分を含め)をデザインしています。つまり、フォントはその形態により、与える印象が異なる、つまり、特定の印象を誘起することを意識しています。当社は多くの人も同様にその印象を捉えることができると考えていました。しかし、それができるのは、我々が文字の細かな差異を見る目を持った玄人だからでは無いのかという可能性を考えることに至りました。そこで、玄人では無い人に対して、以下の疑問を明らかにする研究を行うことにしました。
- (Q1)一般的に人は字の差異をどこまで見分けることができるのか
- (Q2)差異を見分けられるのであれば、その差異は人に印象を誘起できるのか
研究概要
研究全体は2つの実験とその考察、それとそれらの実験を基にした調査から構成されます。
- 類似度評価実験
字の差異を人はどこまで見分けることができるのかをこの実験で明らかにします。同時に印象評価実験のための材料も集めます。 - 印象評価実験
フォントが人に対して印象を誘起できるのかをこの実験で評価します。 - 印象評価と形態属性の相関関係
印象を誘起する形態属性を調査します。
本資料は、研究の背景を明らかにすることを目的としていますので、「印象評価と形態属性の相関関係」についての説明は省きます。
当社は様々なデザイン性豊かな多くのフォントを揃えています。その全てのフォントを研究の対象とすることもできますが、研究の背景、実験の規模を考え、以下の40フォントを研究の対象として選定しました。
選定されたフォントは、多くの人に濃度と字面面積に惹かれることなく、できるだけ書体の骨格および書風に着目して評価してもらうため、形状の差異を認識しやすいよう、明朝系、ゴシック系、丸ゴシック系、デザイン系の各カテゴリーより満遍なく、かつ、ほぼ同等のウェイトに感じられるものとしました。
研究対象の書体 | 筑紫新聞明朝-L、筑紫Q明朝-L、筑紫アンティーク明朝-L、筑紫明朝-R、筑紫Aオールド明朝-R、筑紫Bオールド明朝-R、筑紫Cオールド明朝-R、筑紫Bヴィンテージ明L-R、秀英明朝-L、マティス-M、モード明朝A-L、モード明朝B-L、筑紫ゴシック-R、秀英角ゴシック金-L、秀英角ゴシック銀-L、セザンヌ-M、ニューロダン-M、ロダン-M、筑紫A丸ゴ-R、筑紫B丸ゴ-R、スーラ-L、アニト-L、グレコ-M、ニューグレコ-M、ユトリロ-M、クレー-DB、ロダンカトレア-M、ロダンNTLG-M、ロダンわんぱく-M、ロダン墨東-M、ロダンハッピー-M、ぶどう-L、ロダンひまわり-M、ハミング-L、スキップ-L、パール-L、パルラムネ、奈-L、桔梗A-L、マティスV-M |
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類似度評価実験
字の差異を人はどこまで見分けることができるのかをこの実験で明らかにします。同時に印象評価実験のための材料も集めます。
実験方法
刺激として、図1に示すような文字カード40枚(1フォントにつき1枚)を、2セット(A群、B群)作成しました。
実験参加者には、このどちらか(A群あるいはB群)の刺激、40フォントを類似度に応じて、図2に示すように2次元配置シートに配置してもらいました。
参加者へは次のように指示しました。
- 類似すると思うフォント同士を近くに、類似しないフォント同士を遠くに、グリッドに配置する。
- 配置する際の縦軸・横軸の評価項目は自由に決めてよい。
配置してもらった後に、アンケートおよびインタビューを行い、表1に示すように、評価項目、注目した文字、評価要因を収集しました。
軸と評価項目 | 注目した文字 | 評価要因 | |
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縦軸 | 手書き感 | むなま | ベースライン、字面が揃っていると機械的だと感じた |
横軸 | 可読性 | え | 文字毎のバランスが良い、正方形に近い形だと可読性が高いと感じた |
この情報が印象評価実験の材料になります。
①実験参加者 | 大学生および大学院生60名 |
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②選定した字形 | 佐藤敬之輔・著『文字のデザイン〈第3巻〉ひらがな』(丸善、1965)、「文字のデザイン〈第4巻〉カタカナ」(丸善、1966) における文字の外形分類を参考に選定した ひらがな(あ、え、な、の、ま、む)6文字 カタカナ(ク、ス、セ、チ、ム、ル)6文字 |
③刺激 | 図1に示すような6文字を1行3文字×2行に混合配置した紙カード【50mm×50mm】40枚(1フォントにつき1枚)を2セット(A群、B群)作成し、字形による差異の確認および平均化のため、両群が同数の試行となるよう実験参加者に振り分けた |
データ化と分析
2次元配置シートの各区画は、水平方向、垂直方向に0〜19まで座標をつけることができます。これから、フォント間の距離を計算することができます。その距離を基にクラスタ分析を行いました。
A群とB群で一旦クラスタ分析を行った結果、概ね同様のクラスタに分かれていることがわかりました。したがって、文字の違いが結果に影響を与えないと判断しました。そのため、全データを合わせて、クラスタ分析を行いました。結果を表4に示します。
また、印象評価実験に向けて、アンケート結果の分析も行いました。アンケートの評価項目は、実験参加者それぞれの言葉で書かれた物ですので、同等のものを集め、印象カテゴリを設定しました。
印象カテゴリ | 評価項目の例 |
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インパクト | インパクトの大きさ、インパクトがつよいか |
かわいい | かわいさ |
装飾的 | 装飾性、文字の装飾 |
フォーマル | 礼儀の良さ、フォーマル/カジュアル |
実験で使用した2次元配置シートに戻り、その参加者の評価項目から印象カテゴリを割り当てます。すると、フォントの配置位置から、フォントに印象カテゴリの点数をつけることができます。そして、フォントと前述するクラスタの関係から、クラスタに対する印象カテゴリの平均偏差値を計算します。クラスタに対して、平均偏差値が高い印象カテゴリを表4に示します。
まとめ
得られたクラスタのレベルで、人はフォントの差異を見分けることができると考えられます。
印象評価実験
フォントが人に対して印象を誘起できるのかをこの実験で評価します。
印象語
フォントが誘起する印象を評価するために、類似度評価実験で得られた印象カテゴリを基に、表5のように印象語を選定しました。
インパクト かわいい 装飾的 フォーマル 幼い ハード 手書き感 カジュアル 大人っぽい 丸い ソフト |
評価用フォント
各印象語は、印象カテゴリを基に選定されており、その印象の度合いは偏差値という値で、クラスタ、フォント毎に、既に類似度評価実験で分析されています。そこで、印象語毎に、40フォントから以下のような方法で、評価用フォントを10選定しました。
- 偏差値が上位2クラスタから、それぞれ1位のフォントと最下位のフォント
→ 4フォント - 偏差値が下位2クラスタから、それぞれ1位のフォントと最下位のフォント
→ 4フォント - 標準的なゴシック体と明朝体
→ 2フォント
実験方法
刺激として、図1に示すような文字カード10枚(1フォントにつき1枚)を、2セット(A群、B群)、印象語毎に作成しました。
実験参加者には、このどちらか(A群あるいはB群)の刺激、10フォントを印象に応じて、図5に示すような配置シートに配置してもらいました。
①実験参加者 | 大学生および大学院生40名 |
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②刺激 | 字形による差異の確認および平均化のため、両群が同数の試行となるよう実験参加者20名にA群、別の20名にB群を割り当てた |
③環境 | 新型コロナウイルスの感染拡大により対面での実験が難しい状況にあったため、オンラインで実験の説明を行った上で実験キットを実験参加者宅へ郵送し、実施した |
分析
平均順位の観点でデータを分析しました。分散が大きな印象語、例えば「丸い」などもありましたが、全体的に順位が現れました。特に「幼い」については、図6に見られるように綺麗に順位が現れました。
まとめ
(Q1)一般的に人は字の差異をどこまで見分けることができるのか
(Q2)差異を見分けられるのであれば、その差異は人に印象を誘起できるのか
これらの疑問に対して、
(A1)ひらがな、カタカナのような文字に関しては、文字に関する知識の有無に関わらず、ゴシック体や明朝体といった大きな書体カテゴリの違いは認識していることは明らかになりました
(A2)特定の印象を誘起できることがわかりました