”第41回 佐藤 篤司 様~作例から見るフォントワークスフォントの特徴と使用感~”

Interview

佐藤 篤司 さまをご紹介 佐藤 篤司さまは、教育関係の出版物や歴史・文化を紹介する美術館などの図録を、多数手がけられているグラフィックデザイナーです。 武蔵野美術大学を卒業後、在学中に魅了された杉浦康平氏のもとでスタッフとして勤め、独立後はエディトリアルデザインを中心に活動されています。現在では母校の講師として教鞭もとられています。 今回はフォントワークスフォントの作例をご紹介いただきながら、フォントの使用感についてお伺いしました。  フォントワークスフォントとの出会い

杉浦康平事務所で働いていたとき、藤田さん(筑紫書体のデザイナー)が制作されている新しいフォントについて、杉浦先生に意見を求めにいらっしゃったことがあるんですね。そのとき、私にもどういったフォントが使いたいかと尋ねられたので、当時のデジタルフォントには存在しなかった丸ゴシックをリクエストさせていただいたことが、フォントワークスフォントを意識し始めた頃だと思います。

ちょうどその後にリリースされた「筑紫丸ゴシック」は、願いが聞き入れられたのか、写植時代に好んで使っていた書体の系統を汲んだような、まさに私が求めていたデザインのフォントだということもあり次にご紹介する「筑紫オールド明朝」と同じくらい、本当に良く使っていますよ。

「筑紫オールド明朝」を用いた作例をご紹介

小村雪岱は大正から昭和初期に活躍した日本画家であり、装幀や舞台美術なども手掛けた現代的なデザイナーの先駆けと言える人物で、この本は雪岱の装幀を中心に紹介した作品集です。

大手化粧品メーカーの宣伝部に在籍していたことがあり、その会社の名前がついた書体は、彼が基礎を築いたといえば、装幀を含めたデザイン全般に才能を発揮していたことが想像できると思います。

オフセット印刷が無かった時代に、木版印刷による20度刷り…といった驚嘆の技巧や、透明ニスのようなインクを使って光の加減で図柄が浮かんでくるような演出、前後の見返しにも多色印刷をするなど、今と比べてもはるかに豊かな佇まいの装幀の数々が紹介されています。

この「小村雪岱 物語る意匠」の本文にも、冒頭でご紹介している図録と同じフォント「筑紫オールド明朝」を使いました。 線が滲んで見えるとか、版ズレが心配という理由で出版社からはあまり好まれない方法なのですが、雪岱の作品との対比を考え、スミほど強くなく、敢えて濃すぎない色をカケ合わせで使うことで文字が浮き立つような工夫を取り入れました。

この書体は「クセ」がありますよね。もちろん、文字それぞれに動きが感じられるという良い意味です。明朝体はもともと、筆による字形を抽象化したものなので、デザインの中に手の痕跡がある書体なのですが、「筑紫オールド明朝」は字を書くときの手の動きの勢いが「ハネ」や「ハライ」に残っていて、デザインにスピード感みたいなものが感じられるところが特に気に入ってます。

他の書体と比べて少しこぶりなので、大きさを0.5~1級ほど上げて調整することが多いですが、和文だけでなく従属欧文にも強いこだわりが感じられるデザインになっているので、和文と欧文でフォントを使い分ける手間がないことも、使用頻度の高い書体の1つになっている理由ですね。

大好きなんですが、文字組み次第でパラパラに見えてしまうこともあり、実は扱いの難しい書体だなって思っているんです。好きなフォントだからこそ、気を使いたい、綺麗に見せたいという思いで使っています。

デザインにおける文字の役割について

大学ではグラフィックデザインの授業でタイポグラフィの講義もします。その中で、文字組の指導も行なうのですが短い授業時間のなかで、書体に対する美意識や繊細に文字組を調整することを徹底することの難しさを感じています。 

4世紀の中国ではすでに「書聖・王羲之」の名声がとどろき、書き文字の美醜が価値観として確立していたそうです。その後の官吏登用試験では王羲之風の文字が書けなければ合格できなかったともいわれています。そこから「文字は人なり」という話をするのですが、最近は文字を書く機会がなかなか無いからか、システムフォントが表示されるだけのスマートフォンなどの端末が身近すぎるからなのか、文字は単に“意味を伝える記号”といった認識が強くなっているのではないかと感じています。

紙の媒体が少なくなり、電子書籍などのメディアに移行してくると、文字組に対する意識が薄らいできてしまいますね。デザインが非物質化するといろんな弊害が出てくるように思います。版面はどの位置に設定するのか、余白はどのくらいとるのかというのもデザインを決定付ける要素です。それが、リフロー型のテキストだったりすると画面に併せて勝手に拡大縮小されてしまう。こうなると固定化された版面という意識が失われてしまいますよね。しっかりした基礎(よりどころ)と言うものがなくなってしまうのではないかと危惧しています。

当然、書籍もデータでいいもの、また形として残したいものといった感じで淘汰されるのではないでしょうか。大きなマーケットにはならないかもしれませんが、書籍はプレミアム感やステータスなどといった趣味のものになってくるかもしれませんね。私はあくまでも紙にこだわって、今後も“手元に置いておきたい”と思ってもらえるようなデザインを念頭に、仕事をしていきたいと思っています。

昔は、使いたくても印刷所がフォントを持っていないという理由で断念したデザインが多々ありました。もちろん、当時だってアウトラインをとって入稿すれば良いことではありましたが、本文で使用したいときなどは、後々の手間を考え、最大公約数的な手段を取らざるを得なかったんです。デザインにあった魅力的なフォントを使えることは、大切に保管しておきたい書籍となる大事な要素の1つだと、改めて感じています。

今後のフォントワークスに期待すること 先ほど、話をした王羲之をはじめ、顔真卿や欧陽詢など名だたる大家の書は昔から日本でも手本とされているくらい評価の高いものですから、書家の個性が感じられる楷書体がデジタルフォントとして使えるようになるといいなと思っています。

偉大な書家が書いていた字形、実は今の中国は簡体字なので使わないのですが、ほぼ繁体字を使う日本では当時の字形をそのまま、美しい文字で表現することができるんです。漢字文化圏の全てに誇れるような良い楷書体を作ってくださることを期待しています。 プロフィール

さとう・あつし

1959年、北海道生まれ。武蔵野美術大学卒。卒業後、杉浦康平デザイン事務所勤務。2009年独立。以来、フリーのグラフィックデザイナー、武蔵野美術大学非常勤講師。辞書や学術書、一般書籍から雑誌、絵本、コミックまで、ほとんどの出版カテゴリーをデザインの対象とする。「空海からのおくりもの」展覧会カタログで全国カタログ・ポスターコンクール経済産業大臣賞。東京都在住。

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