「UD角ゴ_ラージ」は、2015年にリリースされたフォントワークスのユニ バーサルデザイン書体のひとつです。
「UD角ゴ_ラージ」の誇る視認性・機能性の高さから、2016年にリリースされたPlayStation VR(以下、PS VR)ソフト「サマーレッスン」で、メインのフォントとして採用いただきました。
今回は、VR空間における文字表現の課題をクリアした「UD角ゴ_ラージ」をPS VRソフト「サマーレッスン」に採用いただいた経緯についてご紹介致します。
協力 ©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.
VR空間での表現における課題
「サマーレッスン」とは
バンダイナムコエンターテインメント社の商品「サマーレッスン」は、ゲーム内の女の子のキャラクターとコミュニケーションが取れる「VRキャラクター体験」という新しいジャンルの作品です。
プレイヤーはヘッドマウントディスプレイであるPS VRを装着し、視線・うなずく・首を横に振る、といった動作で操作を行います。
従来のゲームとは違い、VR空間は360度全てがプレイヤー画面となるため、VR空間における文字表現には「既存の手法で文字を表示しようとすると、VR画面では、総じて文字の視認性が落ちる」という大きな障害がありました。また、キャラクターとのコミュニケーションゲームという特性上、プレイヤーのゲームへの没入感を重視したUIにする必要がある中で、フォント選定が重要な鍵となりました。
そういった課題を解消するため、加えて可読性の高さ・デザイン性の高さから、ユーザーにとって使いやすいインターフェースを実現するために 「UD角ゴ_ラージ」が採用されました。
2次元画面における既存の文字表現
プレイヤーの環境によってディスプレイの大きさは異なるため、画面解像度が文字サイズを決める指標となります。技術の発展に伴い、解像度の数値が大きくなり、より高画質・高精細な映像表現が行えるようになりました。
近年一般的になってきた<4K>の解像度・3840×2160ドットに対して、1979年にバンダイナムコの前身であるナムコが初めて開発したアーケードゲーム「Gee Bee」の解像度は224×272ドット。
当時のゲーム開発では、アメリカのアタリ社が開発した、1文字をスペーシング含めて8×8ドットで表現するアタリフォントが参考とされていました。これは、厳しい制約の中でも視認性・機能性が優れていたためです。
技術の発展とともにデジタル制作環境が整い、表現の幅が格段に広がりを見せる中、640×480ドットの画面解像度を有するPS2(2000年発売)により、ゲーム内でも市販のDTPフォントが使えるようになりました。そこで、画面上での表現において「◯ptで文字を表示する」という考え方がようやくできるようになったのです。
VR空間における文字表現の難しさの理由
「サマーレッスン」の開発においては、インターフェースの表現や文字表現の試行錯誤が繰り返されました。
ゲーム内での会話は基本的に音声によるものの、VR空間の中で文字で記載された選択肢を選んだり、物語のなかで文を読んだりする必要があったためです。
ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の特性やVR空間の特性による文字表現の困難もありましたが、一番の問題は「既存の文字表現の基準」が通用しないというものでした。VRのテキスト表示については、既存のゲーム画面と比較して、視認性が落ちてしまいます。この要因は様々あり、課題を解消する必要がありました。
既存のゲーム画面と比較して、VRは文字の視認性が落ちる
「レンズの歪み」
HMD(ヘッドマウントディスプレイ)は、レンズを通して見る構造上の理由により、文字に歪みやにじみが発生します。
「3D空間に表示するのでドットバイドットではない」
HMD(ヘッドマウントディスプレイ)の場合、右眼と左眼に別の画像を表示し、人間の脳が1枚の画像として認識します。そのため、映像の1ドットがモニタの1ドットに対応せず、元の文字データよりも視認性は落ちるのです。
「ライティングや背景エフェクトの影響をうける」
例えば現実世界でまぶしい部屋と暗い部屋とではモノの見え方がちがうように、3D空間上の文字においても、周りの環境の表現によって見え方が左右されます。
「表示の向き」
自明ではありますが、プレイヤーの視界の外に文字を表示しても気づかれず、読んでもらえません。360度全てが画面であるからこそ、<その瞬間向いている向き>に見せたいオブジェクトが配置されているということも有り得るのです。
プレイヤーが後方を向いている場面を想像すると、プレイヤーの前方に文字を表示しても読まれることはないということが分かると思います。
「白色が膨張する」
白色の地の上に黒色の文字を配置した場合、白色が膨張し、黒色の文字が実際よりも細く見えます。
従来の基準が通用しない
「3Dモデルに貼り付けるテクスチャーとして表示される為、○ptという単位が基準値として機能しない」という問題があります。VRゲームの文字は板ポリゴンに貼り付けたテクスチャとして表示されるため、プレイヤーの遠くに配置すれば小さく、近くに配置すれば大きく見えてしまうのです。
<見かけの文字の大きさ>は<読図の距離>と<オブジェクト上の文字の大きさ>に密接に関係しています。
360°見渡せる奥行きのある映像を体験できるVR空間における文字表現が、2D画面上のようにpt数で考えるのではなく、「プレイヤーから○cmの距離に△cmの大きさで配置する」という手法に変わるのは、理にかなっていると考えられます。
視認性を高めるために
2つのアプローチ
上で述べた「VR空間における文字表現の難点」による、文字の視認性が低いという問題を解決する方法は2つあります。
1つは「視認性が落ちる原因」を解決するという方法。これは可能な限り手を尽くしています。 例えば「色が膨張する」という問題に対して、黒い影を背景に白い文字で表示することで、<文字が痩せる>可能性を極力潰しています。またこの手法で同時に、<ライティングや背景エフェクトの影響>を極力小さくしているのです。
もう1つは、もっと単純に「より視認性・機能性の高い書体」を使うという方法です。
「より視認性・機能性の高い書体」を選ぶ
「サマーレッスン」プロデューサーディレクターの玉置氏、UIデザイン担当の下迫氏のお二人に、書体の選定についてお話を伺いました。
玉置氏
「VRの空間の中における文字の表現というのは、今までとは全く違う分野で、<どうやってインターフェースの表現をするか><文字の表現をするか>というのが課題でした。その中で、フォントワークスさんのユニバーサルデザインフォントに行き当たり、それを採用することで、VRのなかでも可読性のある、お客様にとっても使いやすいインターフェースを作ることができました。」
下迫氏
「VRという文字が非常に視認しづらい環境の中で、どういったフォントが適しているだろうかというところで色々なフォントを実際に試しました。その中で、フォントワークスさんのユニバーサルデザインフォントが他のフォントと比べて、可読性があり、デザイン的にも優れていると判断して、採用させていただきました。」
書体の選定にあたっては、実際にVR上で複数の書体を見比べ決定したそうです。 例えば角ゴシック体では、フォントワークス書体12書体(ニューロダン-DB/B/EB、カトレアロダン-DB/B/EB、筑紫ゴシック-E、UD角ゴ_ラージ-M/DB/B、ニューセザンヌ-DB/B)と、他者メーカー様のUD書体やUD以外の書体8書体の、計20書体を比較いただきました。
VR空間においてプレイヤーが制作側の意図しない角度から文字を見ていることが判明したため、「どの角度から見ても視認性が良い書体」と言うのが最も重要になったといいます。
この「どこから見ても高い視認性をもつ書体」を必要だと判断したきっかけは、道路の交通標識でした。道路の交通標識とは、<天気や背景などが複雑な環境><距離や角度などが多様な認識条件>の中でもすぐに目に入り、理解できる視認性を持っています。この点が、VR空間における文字認識の条件と共通していると考えたそうです。
フォントワークスのUDフォントの「濁点・半濁点を認識しやすく、フトコロの広い」という<見やすい>特徴。これが決め手となり、「サマーレッスン」に メインの書体として導入いただきました。当初は欧米のVRガイドラインに沿って太めのフォントを使用しようとUD角ゴ-ラージ_DBをメインで使用する予定でしたが、アルファベット基準のガイドラインでは日本語表記に不向きで、特に漢字のように画数の多い文字が潰れるという問題がありました。
そこで、メイン書体にUD角ゴ_ラージ-Mを、見出し等の書体にUD角ゴ_ラージ-DB/Bを採用したのです。
実は、「サマーレッスン」に使用された書体はUD角ゴ_ラージだけではありません!
花風マーカー体
花風マーカー体は、ゲーム上の<手書き文字>に使用されています。
手書き風書体は多く存在しますが、世界観に合う他の手書きフォントは比較的細字の物が多く、<切れてしまう>という問題があったといいます。そんな中で、ある程度太さがあり読みやすく、ゲームの世界観にあう書体として採用されたのが花風マーカー体です。
また、世界観に合わないという理由で却下はしたものの、ニューシネマ書体のように「短い時間しか表示しなくても読ませることのできる」視認性の高い手書きの書体がもっと多く必要だ、と「サマーレッスン」制作担当者様は語りました。
「L、R、M、D、B、U…といったウエイトでなく、クセで変化するような手書きフォントがあればもっと嬉しいです。もしくは、手書き風のUD書体とか。」
本来なら、主人公の女の子が書いた文字、主人公の母親が書いた文字、ユーザーが書いた文字などそれぞれのイメージで書体を使い分けたかったのですが、現実として使用できる書体の種類が少なく、花風マーカー体で統一して使用することになったそうです。
このように「見やすい」「読みやすい」と評価を頂き、選ばれたフォントワークスのUD書体、UD角ゴ_ラージですが、実は、その視認性の高さは、九州大学との共同研究において実証されています。
フォントワークスのUD書体は「安心して使えるUDフォント」
九州大学との共同研究による比較実験
フォントワークスUDフォントは、「より読みやすい・より見やすい・より伝えやすい」文字であることを目的として制作されています。UDフォント(ユニバーサルデザインフォント)とは、近年注目されているユニバーサルデザインのコンセプトに基づいて作られた書体のことで、他の同業他社も同様にUDフォントへの取り組みを行っています。
しかし、未だ「どのようなデザインにすればUDフォントであると言えるのか」という定義については業界の中でも曖昧なままです。
そこでフォントワークスは九州大学と共同研究で、幅広い被験者を対象にした業界初の比較実験を行いました。その結果、[可読性][視認性][判別性]に客観的に根拠のある「安心して使えるUDフォント」であると結論づけられたのです。
▶︎実験結果の報告はこちら
「UD角ゴ_ラージ」とは
フォントワークスUDフォントの一つであるUD角ゴ_ラージは、字面が大きめの角ゴシック体「ニューロダン」をベースにデザインしており、<見出し>に最適なUDフォントです。
英数字のアキを大きくするようにデザイン変更したり、濁点半濁点を大きめに調整したりすることで、視認性/判別性の向上を実現しました。
一般的な書体と比べると、文字面を大きく作ってあるUD角ゴ_ラージですが、モダンゴシックの特長である漢字と仮名がほぼ同じ大きさのデザインに設計されています。
フォントワークスのUD書体は、年間定額制サービス「LETS」でご使用いただけます。
詳細については、こちらをご覧ください。