【フォントを巡る冒険 第1回】「sakana bacca」は筑紫ばっか!

Interview

こんにちは、営業部・安藤です。

前回の記事でフォントフェチをカミングアウト(?)した私が、今会いたい方に会いに行くシリーズ「フォントを巡る冒険」を新たに始めることになりました。初回は、IT を活用した新しい水産流通のあり方を提案する株式会社フーディソンでデザイナーを務める渡邊陽介さんにお話を伺うべく、中目黒にある「sakana bacca(サカナバッカ)」の店舗を訪ねました。

渡邊 陽介(わたなべ ようすけ)

1977年東京都生まれ。首都圏10,000店の飲食店向けの鮮魚卸システム「魚ポチ」、都内で4ヶ所に展開する鮮魚小売店「sakana bacca」、量販・飲食店向けの人材派遣サービス「フード人材バンク」を運営する株式会社フーディソンの初期メンバーとして2014年10月に参画。CI、店舗、ブランドコンセプト、UI/UX、Web、動画など幅広く手がけ販促活動、プロモーションでも事業推進に貢献。2018年10月から「sakana bacca」の事業責任者として事業運営を行い、デザインだけでなく本質的なブランディングに着手。

「生産者と消費者を繋ぐ」存在として

―― 渡邊さんと出会ってから4年が経ちましたが、「sakana bacca」の店舗には今日初めて伺いました。店内は見事なまでの筑紫ゴシックオンパレードですね(笑)。

渡邊:そうですね(笑)。


―― 改めてとはなりますが、御社について簡単に教えてください。

渡邊:フーディソンは2013年4月創業のベンチャー企業です。「世界の食をもっと楽しく」をミッションに、水産流通のプラットフォーム再構築、そして水産業界全体の活性化を目指して事業を展開しています。



―― 水産分野にフォーカスするなかで、御社の特長としてはIT企業でありながら実際に街中で魚屋を運営しているところにあると思います。魚屋の出店にこだわった理由はどこにあるのでしょうか?

渡邊:魚屋って、1982年に日本国内で54,000店舗近くあったのですが、今や20,000店舗以下※。路面の魚屋は本当に少なくなってしまいました。世界的に見ると、特にアジア圏においては魚食がかなり伸長してきているのですが、日本では数年前に魚食が肉食を遂に下回ってしまって。漁師さんがいくら頑張って魚を収穫しても、肝心の消費者に魚が届かない現状がある。当社内でも山本(代表)の「魚屋を出店したい!」という意思が強くあり、まずは自分たちが出店してみようと。

※経済産業省 商業統計より



―― とはいえ、実際の店舗運営は大変ではないですか?

渡邊:「生産者と消費者を繋ぐことがベスト」という考えで、当社としても消費者と接点を持てる場所を探していました。消費者からしか取れない情報も有りますし、出店の意義は感じています。ただ、やはり大変なのは大変です。まず、魚屋というのは出店の理解を得るのが非常に難しい。



―― と言いますと?

渡邊:魚屋には臭い、汚い…というイメージがどうしてもあります。2014年12月に「sakana bacca」1号店として出店した武蔵小山(現在は閉店)の場合は、魚屋の居抜きだったので割とスムーズに出店が進行しました。でも、2店舗目の中目黒の場合は、以前は串カツ屋が入居していて、近い業態でありながらもオーナーさんの理解を得るのにかなり苦労しました。オーナーさんを説得する際にも、訴求したコンセプトは「明るくクリーンで、若い方でも気軽に入りやすい」という、従来の魚屋のイメージとは一線を画するものでした。


―― 中目黒の閑静な住宅街に魚屋を出店するということ自体、かなりチャレンジングですよね?

渡邊:はい。近隣の駅から特別近いわけでもなく、店舗への導線も引かれていない。でもそこは目をつむりました(笑)。当初、中目黒の出店に際しては「ラグジュアリーな魚屋を作りたい」という思いも有りました。多少値段が高くても、良質のものを提供すればお客様には買って頂けるのではないか、と。

「sakana bacca 中目黒」は、駒沢通り沿いに2015年2月オープン。印象的な青の外壁とカフェに間違えられる外装が目を引くが、その場で魚をさばいてもらうことも出来る。取材当日も店員さんが見事な包丁さばきを見せていた。

――実際、お客様の反応はどうでしたか?

渡邊:正直、出店してから1~2年は結果が出なかったですね。でも、駒沢通りは車が良く通るんですよ。青色の外観が気になって「何屋なの?」という印象を持ってもらいやすかったみたいで、店長の営業努力もあり徐々に認知が広がって日常的に利用してくれる方が増えました(笑)。最近では、仕事帰りに立ち寄ってくれる方が増えましたね。



―― 具体的に、中目黒店で想定しているターゲット層って有るんですか?

渡邊:中目黒に限った話ではないのですが、20代後半~40代の女性。これから子育てをして、魚食文化を次世代に伝えていく層に、如何に安全で美味しい魚を提供するかを最優先に考えています。



―― ターゲット層が明確に設定出来ている中で、その層に訴求していく上でのポイントは?

渡邊:美味しい魚を提供することはもちろんですが、さばいているところを見ることができたり、対面での販売など差別化要素は考えていました。また、私自身、ブランディングにおいて最も重要な要素が実は「書体」と考えているんです。店舗を訪れるお客様も、書体というのは意識はしていなくても潜在的に認識している情報だと思います。書体が統一されている店舗を見るのか、書体が統一されていないバラバラなそれを見るのか、お客様が結果的にどちらを好意的に捉えるかと考えたら明白でしょうし。


―― そこで、いよいよ弊社の出番となるわけですね。

「sakana bacca」は筑紫ゴシック一択!

―― 渡邊さんには、2014年10月の『LETS』新規契約当初から筑紫書体をメインで使用していると伺っておりました。現在はどうでしょうか?

渡邊:「sakana bacca」に関しては、2014年11月にブランドコンセプトを決めた際に、和文書体は筑紫ゴシック以外を基本使わないというレギュレーションを定めました。現在も継続しています。



―― 大変有難いお話です!渡邊さんの考える筑紫書体の魅力とは?

渡邊:「情感」ですかね。他の書体と比較しても、圧倒的に雰囲気を持った書体だなと。前職は印刷会社でアートディレクターをしていたのですが、エディトリアルデザインで筑紫書体を使用して衝撃を受けた記憶が有ります。



―― 筑紫書体、その中で特に筑紫ゴシックを頻用頂いている理由は何かあるのでしょうか?

渡邊:個人的には、筑紫ゴシックが「食べ物が一番美味しそうに見えるから」ですね。

「sakana bacca」店内に溢れる筑紫ゴシック達。フーディソン初のPB商品である無添加スナック「パリッパリィ」にも筑紫ゴシックがふんだんに使用されており、こちらの商品は2017年に「TOPAWARD ASIA」パッケージデザイン賞を見事受賞した。

―― 筑紫ゴシックを制作したデザイナーの藤田重信は、以前勤めていた会社で明朝体を主に制作していたので、彼の作るゴシックは明朝体の持つ女性的な、柔らかい雰囲気をどこかまとうんです。図らずも、御社の想定するターゲット層ともマッチしていますしね。

渡邊:なるほど。早くも綺麗にまとまりましたね(笑)。そもそも、魚屋では筆文字や明朝が多用されているイメージが有りますけど、当社は敢えてゴシックと決めている。店舗設計から何から、従来の魚屋のイメージを覆したいと考えていました。



―― 我々がこんなことを言うのもなんですが、筑紫ゴシックを使い続けて飽きませんか?(笑)

渡邊:ブランディングにおいては同じことを継続していくことが大事だと考えているので、筑紫ゴシックを今後も使い続けると思いますよ。



―― 他の和文書体に浮気はしない?

渡邊:ええ(笑)。

「sakana bacca」のブランドロゴは、Rotis(ローティス)という欧文フォントをベースに渡邊さん自らがデザイン。魚が跳ねるようなイメージをブランドロゴに盛り込んだとのこと。
ブランディングの観点から、「sakana bacca」で使用される和文書体は筑紫ゴシックに統一が図られているが、そこだけに捉われることはない。自社商品ではないが魚の鯖とフランス語のÇa va?(元気?)をかけた、 遊び心溢れる「サヴァ缶」。手書き風書体を上手に織り込んだ目にも鮮やかなデザインで、来店したお客様も店頭に並べられた缶を次々に手に取って眺めていた。
渡邊さん曰く、デジタルフォントだけで店内をまとめるのではなく、敢えて手書きのものを用意することで「情報の”鮮度感”が可視化される」。目から鱗のコメント。

「情報の非対称性」解消を目指して

―― 昨年10月からは従来のデザイン業務のみならず「sakana bacca」の事業部長となり、目を配るべき領域が益々広がったと思います。今、仕事をしていて何に一番頭を悩ませてますか?

渡邊:店舗売上の数字に対する責任の部分ですかね(笑)。あとは、新規出店計画の策定と推進です。今年3月に顧客流動性の高いエキュート品川に新規出店してから、おかげさまで多方面からお声掛け頂いている状況です。



―― エリア特性なども有り、店舗出店も一筋縄ではいかないですよね?

渡邊:それこそ、元々はアクアパッツァ、パエリアなどを販売する海外のマルシェ(市場)をイメージしていたのですが、実際出店してみると、煮付けが好き、刺身が食べたいという声が聞こえてきて(笑)。これからもお客様のニーズをしっかりと汲み取り、店舗としての「鮮度感」も大切にして、魅力ある店舗展開を目指していきたいですね。



―― 何より、数字を追いかける大変さには同意します(笑)。

渡邊:でも、店舗売上といった数字に対して責任を負う立場になって、本当の意味でブランド価値を高める発言が出来ていると感じています。例えば、店舗内ポップ等を全て見直している最中なのですが、発言の裏付けがより明確になったことで、的確なアドバイスが出せている実感が有ります。



―― 会社として、そして渡邊さん個人としても立場が変わったなかで、水産流通業界に今後どのように寄与していきたいと考えていますか?

渡邊:大きなテーマとしては、水産流通全体のプラットフォームを作りたい。生産地と消費地との「情報の非対称性」を解消していきたいと考えています。特に、物流改善によって消費者が適正な価格で購入が出来て、手軽に魚を食べることが出来る状況を作っていきたいですね。そうすることで、生産者も儲けることができ、結果として魚を取り巻く良い循環が生まれるでしょうから。



―― 素晴らしい心意気ですね。今日は貴重なお話をありがとうございました!

フォント(筑紫)愛を基点に水産流通の現状と課題、そして課題解決のための活動と水産流通の未来について語る渡邊さんのお話を伺いながら、営業の役得を感じずにはいられなかった筆者。3時間という長丁場にもかかわらず、真摯にご対応頂きありがとうございました!

After Recording 取材を終えて…

2015年4月に初めてお会いしたときから、内に秘めたる「筑紫愛」を滔々と語ってくれていた渡邊さん。今回、有難くもロングインタビューという形で、その想いを一層ストレートに表現してもらう機会を得ました。

筑紫書体への傾倒ぶりは相変わらずで「ブランディングの観点から『sakana bacca』の和文書体は筑紫ゴシックと決めている」なんて、営業として飛び上がりたくなるくらい嬉しい言葉を沢山聞くことが出来たし、渡邊さん個人の生い立ちや音楽の嗜好性など、よりパーソナルな部分を深堀りできたことも嬉しかった。でも、個人的には彼の水産流通の現況に対する強い危機感と、試行錯誤してそれを乗り越えようとする強い意志の部分に、大変興味を覚えました。

デザイナーとしての役割から一歩進んで、昨年後半より「sakana bacca」事業の責任者として魚屋の経営に携わるようになった渡邊さん。今一番シンドイことは?との質問に「数字(店舗の売上)に対する責任の部分かな」とボヤきながらも、その顔はどこか自信に溢れ、愉しそうでもありました。

これからも、筑紫書体が水産流通の世界に新たな風を吹き込むフーディソンの、何より渡邊さんの強い味方であり続けて欲しい。そんな思いを強くした取材でした。

終始、柔らかな表情でフォントに対する熱い思いを語ってくれた渡邊さん。そんな彼の背中側、壁に飾られた絵画をよく見ると、”H.Mattise”との署名が。これ、当社「マティス」の書体名由来である、画家のアンリ・マティス(Henri Matisse)の署名じゃないですか!何気なく入ったカフェなのに、この引き寄せっぷり。渡邊さん、恐れ入りました(笑)。

取材協力=「sakana bacca
写真=まめぞう

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