書体の作り手「書体デザイナー」と書体の使い手「装丁家」、それから売り手である「編集者」。
装丁が非常に話題を呼んだ「〆切本」や「お金本」などの装丁家である鈴木千佳子さんと、その出版元となる左右社の小柳学さん、そして筑紫書体の生みの親となる書体デザイナー藤田重信。
筑紫書体を中心に出会った、異なる立場の3者対談が実現しました。
左:小柳学
1958年、北海道生まれ。大学卒業後、新書館に入社し「ダンスマガジン」編集部、思想誌「大航海」副編集長。
退社後、季刊「d/SIGN/デザイン」編集長。2005年、左右社を設立、現在に至る。
2006年〜10年、朝日新聞書評欄で「売れてる本」欄を担当。
著書に『宮沢賢治が面白いほどわかる本』(中経出版)。
右:鈴木千佳子
グラフィックデザイナー。
1983年生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業。
2007年より文平銀座に在籍し、2015年よりフリーランス。
装丁などデザインの仕事に携わる。
中:藤田重信
1957年、福岡県生まれ。筑陽学園高校デザイン科卒。
1975年、写真植字機の株式会社写研文字デザイン部門に入社、
1998年、フォントワークス株式会社に入社し筑紫書体ほか数多くの書体開発をする。
2016年、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演。
2010東京TDC賞を受賞。東京TDC賞2018 タイプデザイン賞を受賞。
出会いは「筑紫明朝は小説には向かないかも。」
――お三方の出会いをお聞かせください。
藤田:季刊「d/SIGN」の編集長だった小柳さんとはNo9での戸田ツトムさんへのインタビューの時にご一緒してたんです。インタビューが終わって駅までの帰り道で、小柳さんがおっしゃった 「筑紫明朝-Lってこの本にぴったりでかなりはまっていますね!」でもその後の「しかし、小説向きではないですね!」という言葉がずっと頭の隅にあったんです。
昨年11月、渋谷でフォントワークスイベント「もじFes.」が2日間行われ、左右社が渋谷という事もあって十数年ぶりにお会いさせていただきました。その時に筑紫書体を多く使用されている鈴木さんのお話が出て、いつかお会いしてお話をお聞きしたいと今回の懇談に至ったのです。
小柳さん:そんなこと言いましたかね。言いましたね(笑)。あの時はありがとうございました。
藤田:鈴木さんとは、今回が初めまして。ですよね。筑紫を通じて、いろいろな方にお会いできる。本当に幸せなことです。
鈴木さん:はい。初めましてです。ただ、筑紫書体については、もう長らくお世話になっていて。私が文平銀座に通い始めた駆け出しのころからですから。
筑紫明朝-LBが持つ異質さ
――筑紫明朝といえばLのイメージがありますが、LではなくLB?
鈴木さん:本文書体をどこから教わるというのはデザイナーさんによってかなり違うと思うのですが、寄藤(文平氏)は、実はすごく筑紫明朝-LBが大好きだったので、本文を筑紫明朝-LBで組むことを学んだんです。
当時、寄藤は、自分なりの、書体を分布させた十字図の分析表を作っていて、筑紫明朝がいかに絶妙なバランスで作られたものなのかをいつも語ってましたね。それをすごく記憶しています。
今ももちろんなんですけど、筑紫明朝-LBは自分の中でとても思い入れが深い書体でもありますし、存在が大きい書体ですね。
藤田:LBっていうのは、Bはブラックで、横画を太めているので白抜きにしても横線は飛びませんよというニュアンスで出したもの。でも元々は、自分的にはLBくらいで丁度いいんだと。だけどいきなりこれをノーマルなウエイトLとして出してしまうと一般的な感覚では異質感が出るんで、Lは通常のLとして出し、LBというウエイトでリリースさせたのでした。LBの方が個人的には好きです。
鈴木さん:私もLかLBなら圧倒的にLBしか使わないというくらいですね。LBを人文書だったりで本文書体として使ってますね。他の書体と比較しても、その太さのバランスがありそうでないんですよね。
藤田:祖父江(慎)さんもそうなんですよ。LじゃなくてLB。
僕は、写研時代、ちょうど昭和50年ごろに、本蘭明朝Lが実に近代的で感銘を受けました。田舎の因習とか風習とかそういったものと真反対の、都会的というか。ドライで人間関係もあっさり。本蘭明朝はそういう田舎感がなくて都会そのもの。しかもLなんだけど、当時の写研の自動機だと横画が飛びやすいということもあって、太めてたんですね。印刷によっては、明朝体なのに細ゴシックにウロコがついているように見えて。特にILMという書体、イワタ明朝のオールドの写研版で横線をわざと太めている。あの感覚がとても良かった。いつか自分が作る機会があればこの手のものを作りたいと。だから筑紫明朝は、そういうものを自分なりに再現したものだったよね。
寄藤さんにも、この話をしてて。「そして更にフトコロのしまったようなヤツがあるんですよ、それを開発しようかなと思っています。」っていうと、「それ面白そうです。ぜひ作って下さい。」と。後にそれで完成したのが筑紫アンティーク明朝だったんですよ。
最近、こういった筑紫書体のような、「細ゴシックにウロコがついているような明朝体」みたいな書体でデザインされたものが使用されることが多くなっています。なので、祖父江さんからは「縦画と横画の太さに差がない細明朝体を世に流行らせましたね。」と言われました。
縦画と横画に差が少ない細い明朝は、見え方として知性のみが漂います。筑紫明朝LやLBはそう見えると思います。対比的に筑紫オールド明朝Rは縦画と横画の太さの差がはっきりしています。知性と共に俗っぽいお色気が漂ってきます。
文体を選ばず、読む人との距離感がちょうどいい。
藤田:小柳さんから昔言われた通り、やはり筑紫明朝は小説よりは論文向き。だから小説用も必要だと思って、筑紫B明朝を開発したんですよ。
そして、筑紫アンティーク明朝は出したときには、これ、本文で使われるかなと不安だったけど、やっぱり壁がありますよね。
鈴木さん:そうですね。見出しとかにはものすごく使わせていただいているんですけど。
藤田:そう、あとは表紙や、前書き・あとがきには使っていただけるけど、完全な本文で使われていることはほとんどないですね。
小柳さん:ある程度意識の高い書籍については筑紫かなと。本好きの本に使われる書体と思っています。左右社の読者層は、本好きな方がとても多いので、そこにすごく筑紫があっているなと思っています。
鈴木さん:読む人との距離感が丁度いいんですよね。適切な距離感で読めるというのがあると思います。それがどんな文体でも。
ビジュアルとしてすごく力があるのが筑紫アンティーク明朝ですね。
――筑紫アンティーク明朝も筑紫Q明朝も結構使われてますよね。
鈴木さん:装丁の時はほぼ筑紫明朝か筑紫アンティーク明朝ですね。筑紫アンティーク明朝はビジュアルとしても強いので、筑紫アンティーク明朝で打ち替えるとバシッと決まっちゃったような気がするんですよね。そういう力があるので。ちょっと私も頼りすぎているところはあります(笑)。
鈴木さん:「掌篇歳時記」に関しては、アンソロジーなのでいっぺんいっぺん違う著者の方が書いていらっしゃって。また歳時記なので、季節のテーマによって皆さん書かれてるんですね。そういう仕立てで扉があるんですけど、ブックデザインに取り組むときは、カバーよりも先に本文から手をかけていくので、後でこの扉を作った時に編集の方からテーマとすごく合っていると喜ばれました。
藤田:嬉しいですね。そしたらフォントを作っている側からすると、 筑紫アンティーク明朝や筑紫Q明朝がなかった時代は、ここにはどんな書体が使用されたかがとても気になるところです。 その場合は中身と同じ書体を使っていたんですかね?
鈴木さん:そういう意味ではデザイナーさんによって考え方は違うかもしれないんですけれども、本文は本文として統一して構築していくことも多いので、 本文の書体と扉の書体を統一させるという考え方も一つありますね。
扉の場合は全体の中でも顔となるページではあるので、私は装丁をする時にはカバーの書体と合わせることが結構多いんですね。 扉に関していえば。そうなってくると筑紫アンティーク明朝がなかった時代にカバーは一体なんの字になっていたか、、、難しいな。もしかしたらですが、この本でいえば、もし書体がない場合は自分で作字、レタリングして書くという選択肢もあるので、扉周りと表紙だけであればそうする可能性もあるなと今、思いました。
それを考えるとビジュアルとしてすごく力があるところに魅力を私は感じました。
鈴木さん:「踊る星座」に関しては、この筑紫Q明朝の「る」を使用したくて。これは完全に「る」の形で決めました。
「〆」の字をみて、筑紫アンティーク明朝を選びました。
藤田:「〆切本」が結構衝撃的でしたね。 これ中身が表に出てきてるじゃないですか。この手法って杉浦(康平)手法ですよね。氏は写真やイラストでした。これは中身のテキストが外に出てきていて、なんだかおもしろいなと感じました。
鈴木さん:打ち合わせの時に、「どうしても書けぬ。〜」の一節をどこかに入れたいということを編集の方が言ってくださっていて、でも他にも面白い言葉があるんだというお話をされていたので、こういった言葉たちが前面に出ていた方がきっと面白いだろうなと最初に頭に浮かんでいました。
言葉自体をビジュアルとして絵にすることで、言葉により意味を持たせるということがあるんですけど、そういったひとつのチャレンジでした。
この〆切本に関して言えば、すでに作家の方々の湧き出た言葉がたくさんあったので、それ自体に力がありましたからね。
そして、書体に関しては、「〆」の字をみて、筑紫アンティーク明朝を選びました。「もうこれだ!」って。
藤田:意外とどの書体も「〆」って文字に面白みがないんですね。
小柳さん:書体によって結構差が大きいんですよね。
藤田:デザインしている時に、普通にデザインするとまあこうなるよねー。でもこれだと面白くないよねって思ってて。筆書きで「〆」って書かれているのを見るとかっこいいんですよ。明朝体でもこのかっこよさを出せないかなと思って。
他の書体の「〆」は動きが少ないんですよね。筑紫書体はどちらかというと手の運動をストロークで見えるようにしているので格好良く見えていると思います。
小柳さん:「〆切本」は、鈴木さんの提案で、見返しにも作家の言葉をたくさん入れたデザインにしているんですよ。作家の切迫感が筑紫書体の緊張した感じとすごいあってると思うんですね。これが新聞書体とかだったら本当に締め切りに追われている感じが出ないだろうなと。
藤田:個人的には「〆切本2」に全角の2を使ってもらったから嬉しいです。割とこの2のデザインはありそうでないんですよ。
鈴木さん:すごい探しました。「2」どうしようって。
筑紫書体が発する「音」
――ブックデザインをするときはまず中身を読んでからデザインをされるんですか?
鈴木さん:そうですね。まずは一通り読みます。
「〆切本」に関していえば、それぞれの章でフォーマットが必要だったりするので、断片的に読んでます。どちらかというと、外側を作っているというよりも一緒に本を作らせてもらったという感覚です。
小柳さん:本当に表紙デザインで買ってくださったという読者の方が結構いらっしゃって。 ありがたいですよね。しかも文字で構成したデザインということで。藤田さんの書体って一目見るとすぐ分かるんですけど、それ以上に「〆切本」に関していえばデザインが訴えかけてきてますよね。なんか声が聞こえてくるんですよね。今日こちらに伺う前に、社員に筑紫書体のことを聞いたんですけど、なんか声が聞こえて来るって言うんですよね。
藤田:良い明朝体でテキストを組むとテキストが「音」を発するんですよ。例えばデパートで「本日のご来店ありがとうございました」というアナウンス。あれがMMOKLだとすると僕が想像するに、高級デパートで流れるようなソフトで美声なアナウンスに感じます。それがただの明朝体だと、普通の人の一本調子の発声音になってしまうんです。
世の中は築地や秀英の金属活字の仮名がデジタルで登場し溢れてきていますね。写植時代以後の表情の薄い書体と違い筆で描き出した感が重宝されていますね。ぼくもその筆で描き出した感のものはいずれ隠居生活の時にでもゆっくりと……等と考えていましたが、祖父江さんに会っていると面白いものを見せて頂けるんですよ。
明治期の書物で「お」の文字なんですが左下の結び部分に空きが無いんですよ。それを見せられた瞬間、この面白さで五十音を作れないかと。その考え方で作ったのが筑紫オールド明朝のBタイプだったんですよ。どうせ作るんだったら築地36ポの対抗馬の自分バージョンを作ってみるか。だいたいBタイプとかCタイプというのは、何か一文字面白いのを見つけた時にそこから五十音に派生させていくんですよ。だから面影としてなんか築地っぽいとか秀英っぽいっていうのがあっても、よく見ると全然違う。僕の場合はそういう作り方をしてます。
明治時代の書物の中の「お」から、五十音を作成(筑紫Bオールド明朝)
オールドスタイルなんだけど現代的
――これは筑紫オールドゴシックですね。
鈴木さん:筑紫オールドゴシックには、シャープさを感じてて。なおかつ、オールドスタイルなんだけど組むと現代の本に見えます。 私は、太ゴシックB1も好きなのですが、それはもともと写植の書体で手探りで作っている感がするので、手触り感というか手作り感が出るというか、、、使うシーンを選びますが、そういう感触を求めるときはB1を使ったりもします。
筑紫オールドゴシックは、懐かしさとかあったかさみたいなものを感じるんですけど、現代のような昔のような、そういう雰囲気が出てる。
藤田:筑紫オールドゴシックは、芳醇とか熟成とかいう言い方をされたデザイナーさんもいらっしゃいました。
大事なのは読みやすさより「読みごこち」
小柳さん:筑紫全般で前から思っているのが、おしゃれで繊細。左右社の読者層は、本好きの方が多いから特にしっくりと合うんですけど、今改めて思ったのが、筆の動きをすごく感じるんですよね。一つ一つの文字を見ていくとすごいかっこいいんですけど、並べて縦にすると、パワーが増すというか。端的にいうと読みやすい。なんでかなーと思って考えてたんですけど、筆の勢いが文字の中に残っている。そんな印象を抱きました。
藤田:鈴木一誌さんが「筑紫の横組は独特で最高」って言われるんですよ。それは、「繋がるから」なんですよね。他の書体は、碁盤の目にきちんと整列されている印象。文字は止まっていてお互い連携はないというか。でも筑紫は、連動した動きが見えるから、横組がスルスルといくんですよね。もちろん、それも好みがあって、その動きを好まれる方も入れば、嫌う方も一部いますよね。
小柳さん:文字が乗り物だとすると、文字に乗りながら目で追いながら自然に読み進めるという感覚がします。意識して脳で読むのではなく。
藤田:僕は、本文用の書体で、まず読みやすいってことがあるじゃないですか。でも、昔からの持論なんですけど、大事なのは「読み心地」なんですよ。洋服で例えると「着易い服」より「着心地が良い服」なんですよ。読むと言うことは視線がその「行」を視線でなぞる行為ですね。そこには文字のフォルムの凹凸の「抵抗」がありますね。その「抵抗」がたまらなく心地よい快感か、不快極まりないかで本文用明朝体の是非が決定します。
懐の広い新聞書体で長編小説を組まれると、途中で視覚が飽きるんですよ。もっといえば、長文にゴシックじゃなく明朝が選ばれるのは、明朝だけが、「漢字」と「かな」のデザインが全然違うからなんですよ。その他の書体は、みんな同じタッチのデザインなんですよ。だから長編になると視覚が飽きちゃうんですよ。明朝だけが300ページの長編小説とかでも飽きずに一気に読めるのはそういう理由。漢字と「かな」が違うから変化があり飽きない。筑紫はそこに、筆の動く速度感が見える仮名デザインのため心地よい読みのリズムができるように設計しています。
小柳さん:漢字とかなが全然違いますよね。かなはより筆っぽいというか。日本語ってひらがなには意味がないので、すっと読めばいいんです。漢字には意味があるので、ほんのわずかな秒数だけどスピードを落とすと。それが書体に表れているんですよね。計算されてできてるんだなと思います。
藤田:読み心地よさの検証で、なんどもなんども組んでは読むを繰り返しますね。
読むときの読みやすさより、読み心地に集中してました。読みやすさっていうのは、単純に一番見続けたものが読みやすいんです。慣れたものが一番読みやすい。
――装丁をされる時も、書体がもつ「運筆」は意識されるんですか?
鈴木さん:本文組みに関しては、まさに言われた通り、心地よく読める状態を意識してますね。読みやすいというのは機能的なことです。もっと言ってしまえば書体になっている時点で読みやすいという機能は備わっていると思いますので。
座りがいいという言い方であっているのかわかりませんが、座りのよさがいいかどうか、同じページで書体を変えながら検証するということはやってますね。
最後のデザインのフィニッシュの時に、文字間を調整する作業を必ず行うんですけど、夜中に、今日これから字詰めしようって時に、確かに、筑紫だと一文字一文字がだんだん連なってピタピタピタとはまる感覚。筑紫アンティーク明朝も、一文字一文字がかっこよくて完成されているんですけど、文字詰めしていた時にすごい快感が得られるんですよ。感覚も含めて、そういう心地よさがあるなと思っています。余白も文字どうしの間隔も含めて計算されているような。
小柳さん:余白もかっこいいっていうね。
藤田:明朝体仮名のデザインは一般的には少し右上がりの文字です。ただそれはほとんどの人は意識しない範囲です。筑紫明朝は+2度ほど更に右上がりのデザインです。その2度の効果が横組みするとさざ波調でスルスルと軽快に視線を助けるので心地良いんですよ。漢字もそうですが、筑紫は空間の均一さを保ちながら、文字の勢いを大事にしている。空間の均一さだけを重視して、文字の勢いがないと、全く面白くない。真面目なだけですよね。
日常的だけど飽きない、そんな面白さを追求して
藤田:これから筑紫アンティーク明朝、筑紫アンティークゴシックはウエイトファミリーを増やし極太まで作っていきますよ。
鈴木さん:ゴシックも明朝も極太ウエイトがあるのは嬉しいですね。本当に太い書体が欲しいなって探している時に、なかなか無いので、じゃあ自分で作字しようってなってしまうので。
例えば、横棒がすごく細くて、縦棒がすごく極端に太い明朝体、私の知識だとほとんどなくて。だから頑張って作字するかと。
藤田:昔、写植時代の中期ぐらいまでは、細いものから特太、今でいうとEウエイトくらいしかなかった。それが「ゴナ-U」の出現で、世の中、こんな太い書体があったの?となった。そして、ウエイトUの時代がやってくるんですね。ところが2000年くらいから、だんだんと太いのを使うと、お父さんお母さん時代のデザインだよね、と。そして、中太や細い書体しか使わない流れになってきた。
だから、僕はもう一回、超ウルトラ太の時代を作ろうと。
あの時代は、「ゴナ」というシンプルなゴシックで時代が築かれてきたけど、僕はそれをオールドモダンの明朝で展開したいなと思っています。
何かが流行れば、太いのが引き継がれて、太いものが違和感なく見れるようになる。何年か後にそうさせたいなーって。
小柳さん:その理由ってあるんですか?90年代に太いのが流行って、2000年代に細いのが流行って、そしてもう一度太いの。
藤田:洋服のトレンドは太くなったり細くなったり長くなったり短くなったりで螺旋状に上りながら円で回っています。書体の極太の時代の到来は目の前に来てる感じがします。その中心的書体になれればと思っています。
装丁には3つの要素がありますよね。写真とイラストと文字。時には文字だけ、時には写真だけとかあるかもしれないけど。文字はその3分の1を担っている。そういうところで、使えるバリエーションが増えるっていうのは、嬉しいと言っていただけるんじゃないかなと。
機械的なものは作っていて面白くないです。
明朝体は明治時代には一定のルールで様式が確立されていました。筑紫アンティーク明朝やQ明朝が面白いし新鮮と感じれるのはそのルールを破っている部分が多いからです。
鈴木さん:絶妙なバランスを探ってくださって、最終的に書体が出来上がって、その葛藤みたいなものが文字をみて、私が普段使用させていただいている時にも、その背景が感じ取れるものがあって、惹かれるものがある。
空気じゃダメだよね、というお話がありましたけど、私自身も装丁をするときに、日常的には本自体は、ある意味日常の延長みたいなものではあるんですけど、飽きずにずっと持っていて欲しい、かと言って馴染みすぎても困るという気持ちもあって、そこの間を探ったところに面白いものがあるのではないかなと思っていて、それを自分の一つの課題として取り組んでいる部分があるので、とても共感できました。
鈴木さん:この本は、筑紫丸ゴシックなんですけど、内容が疎遠になった友達との切ないエピソードを紹介したラジオ番組のコーナーが元になっています。ラジオ番組自体はすごく砕けたものなので、そういう砕けたところも大事にしようと。かと言って砕けすぎても、のバランスがすごく難しくて。だから、丸ゴシックなんだけど、明朝のようでもある、筑紫丸ゴシックを選びました。そういう難しさやニュアンスを書体が表現してくれたなと思いました。
藤田:文平銀座はゴシックを独自の書体を使われるから、筑紫丸ゴシックは不人気かなと思っていたんですよ。もう少し砕けてるほうが割とお気に召されるかなと思ったんだよね。ちょっと真面目すぎるかなと。
鈴木さん:そんなことはないです 。本文とかで筑紫丸ゴシックを使うことがよくあって、特に細いウエイトを使うと編集の方にもありそうでないよねって喜んでいただけるんですよね。
藤田:細いやつを本文で使うの?
鈴木さん:本文と見出しの中間くらいの、やや長めの文章や見出しだったりで使いますね。
読む人を誰も拒絶しない。だからこそ女性にも開かれた書物になる
小柳さん:藤田さんのお話で女性に例えたお話がありましたが、女性が好むフォントと、男性が好むフォントで、違うというか、それをすごく感じていて、筑紫書体は女性にとても好まれる書体だと感じていますが、実際はどうなんですかね?そういうの意識されて作っているんですか?
藤田:いえ、あまり女性受けとか男性受けとかを考えて作ったことはないですね。ただ、筑紫ってどれも人肌感があるというか、明朝でもゴシックでも生身っぽいんですね。
筑紫丸ゴシックを作って、最初に使われている場面を見たのが、高級なキッチン用品のリーフレットだったんですね。あ、こういうのに合うんだと思いました。
キッチン用品なので、女性が見るものですよね。今までの丸ゴシックと違って、ただ単にお子様用ではなく、大人も見れる。作ってる時はそんなコンセプトはないんですけどね。
小柳さん:筑紫明朝の方も、戸田ツトムさんが人文書とかによく使われているんですけど、他の書体だとおじさんの業界の研究書になるのが、筑紫明朝を使うと、女性にも開かれたような論文になるというか。
鈴木さん:女性に開かれたっていうのはそれは本当に感じます。
藤田:今までは、本蘭明朝Lが使われてたけど今は筑紫明朝。どう変わるかというと、おじさん博士が女性博士に変わるんだって。女性が進出する時代だから、筑紫だというお話をされてました。祖父江さんがね。
鈴木さん:読んでいる人を誰も拒絶しない感じが確かにあると思います。
小柳さん:本を作る時に、読者層を考えた時に、今までこれはデザインを鈴木さんにお願いしようとか、どんな目次にしようとか、そういうことを考えていたけど、そこに、どんな書体にしようとか読者層の段階で本当は考えないといけないんだなと感じましたね。
今までの話をお伺いすると、藤田さんは作家ですよね。アーティストというか。
藤田:僕は思うんですよ。世の中既定路線の範囲内で明朝体を作る人ばかりなのかと。
強烈に心惹かれるような、、、愛おしいくらいになるようなデザインで明朝を作りたいし、ゴシックを作りたい。
小柳さん:書体にもそういう強烈に人の心を惹きつける力があるし、装丁にもそういう力がありますよね。
鈴木さん:私がイラストレーターさんにイラストをお願いするときなどは、表面的な表現としてこのタッチが欲しいというよりは、その作家さんの持つ視点と本の内容に重なる部分があるかというところをお願いするときの一つの指標にしているんです。表面的ではないところで形にしたいので。自分が藤田さんの書体を使用するときも、その感覚にかなり近いような気がしました。
形の中にある感じ取るものが、本の中にある語っていることと近しいなと感じた時に、あ、これにしよって選ぶんだろうなと思います。
装丁をされる際のデザインラフ。編集の方やイラストレーターの方など、ラフでイメージを共有。