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デザイナー 藤田重信が語る、書体デザインへの思い

デザイナー 藤田重信が語る、書体デザインへの思い

「この筑紫Q明朝が、明朝体のひとつの僕の終着点なんだと思っています。」

2017年8月22日に筑紫Q明朝がリリースされました。

同年10月には、筑紫Q明朝も含めた筑紫書体シリーズにおいて「2017年度グッドデザイン賞」を受賞しています。

https://fontworks.co.jp/news/archives/169 )

金属活字の滲みを再現しながら新しさを取り入れ、均質的ではなく文字本来の形をいかした字形デザイン。「懐かしさ」や「あたたかみ」を生み、見ている人に「郷愁感」を与える斬新さを持った筑紫書体シリーズを制作した書体デザイナー 藤田重信が、書体デザインや筑紫書体の未来について語りました。

サムネイル

動画タイトル:仮名「ゆ」ベジェ曲線パスで制作はこうして作っています。

アンカーポイントの画像を公開したところ、驚くほどの反響をいただき、「ゆ」のベジェ曲線パスの制作方法について動画にしました。


筑紫Q明朝と「トレンド」

筑紫Q明朝への反響には、びっくりしているんです。

業界でこんなに反応があったことは、今まででもまずないと思います。

自分でもびっくりしているんです。
「はい、出しました」ってQ明朝をリリースして、2日3日のうちに何十人もの人が「文字を組んで遊んでみました」なんて、今までにないことでしょう?

もちろん書体が成功したか否かがわかるのは、Q明朝にとって、5年、10年、15年と先の長い話なんです。

ただ、とても面白い方向性になる可能性をQ明朝は秘めているんじゃないかな。そういう期待は持っています。

筑紫Q明朝は漢字で勝負をしています。

例えば明朝体。

明朝体を見分けるとき、「かな」文字ってとても分かりやすい「取っかかり」になるんです。「あっ、この〈す〉はA社の〜明朝!」「これはC社の!」って。
でも漢字だけ、たとえば日本国という漢字だけ打って見せて「どれがどの書体でしょう」ってやったら、「えええええ」ってなる。それくらい、明朝体の漢字っていうのはどの書体であってもあんまり変わらないんです。

ところが筑紫Q明朝は漢字で勝負をしています。かなじゃないんです。
四字熟語とか人の名前のような漢字メインの短文を組むと、とくに強烈に、他の明朝と違うっていうのが分かりますよね。

書体だって、ファッションのように旬、トレンドみたいなモノがあるんじゃないかな。

ファッションの流行ってぐるっと廻るじゃないですか。ズボンで言えば、細くなったり太くなったりするような。そういうふうに、書体にいろんなバリエーションが出来てくると、「どれが今旬なのか」ということが見えてくるんですよね。

昭和五十年を境にしてモダンな和文書体がトレンドになりました。
今では古ぼけた感じに映るかもしれない、文字が字面いっぱいの、いわゆる「パンパン」な書体。当時は新聞書体以外にはそういうのがなかったから、「何これ!」ってものすごく新鮮に格好良く見えました。トレンドに敏感な若者は「これからはこういう時代だよね」と思ったんです。
今はきっと、それの真逆になってきています。ぎゅっとこう、絞られたような書体の方が支持を受けるっていう。

 

筑紫Q明朝は文字サンプルを出した3年前から、「かわいい」と言われるんです。
でも、作っている我々は、格好良い書体を作っているっていうイメージしかないんですよ。

きっと「かわいい」の定義が、今の10代20代の人と、僕ら世代の50代60代の人とで違うんでしょうね。

古い人間は、例えば女性の顔でも細面の人は美人系だね、まんまるい人はかわいいね、って思うんです。でも決して、そういったまんまるい書体じゃないでしょう?筑紫Q明朝は。どちらかというと、シュッとした細面の方だよね。

だからQ明朝のどの辺が「かわいい」に結びつくのか分からない(笑)


書体デザインで大切なこと

いっぺん全部、突き抜けちゃうんです。文字としては不格好でも。

面白いと思う形を作りたいから、僕は書体を作るとき、最初の段階で振り切ったようにして、惚れ込んだデザインを突き詰めるんです。

形を作るときってよく「こういうふうになったら面白いのに」「ああいうふうになったら面白いのに」って、想像が頭の中で飛躍するでしょう?そんな時に、最初から「この辺まで」なんて制限をかけてしまうと、作ったものにどこかそれが透けて出てしまいます。だから全部突き抜けちゃうんです。
文字としては不格好でも良いんですよ、その時にはね。

振り切るところまで振り切った上で、書体としての体をなすための落とし所を探るんです。「じゃあ、この書体はどの程度の特徴でいくのか」と。
例えばひとつの書体で、ある文字は特徴を10まで、またある文字は5まで、またある文字は7まで振り切ったとするじゃないですか。じゃあ、全体としてこの書体はどの辺の振り切り方でいこうか、と考えて、平均を7にしようと決めるとします。そうすると、5のやつは7まで、逆に10のやつは7まで、とバランスを取ってあげないといけません。そうしないと読む時にやっぱり、別の文字みたいになってしまうんです。

こんな感じで均していくから、一回振り切るだけ振り切った方が、結果として面白い書体になるんですよ。

「いいのか悪いのかわからない。ただ、凄くスッ飛んでますね、これ」

オールドゴシックBをサンプルで持って行った時、祖父江さん(注1)は首を傾げたんです。「いいのか悪いのかわからない。ただ、凄くスッ飛んでますね、これ」って。

その次に、それまで以上に漢字をグッと絞ったアンティーク明朝を作りました。アンティーク明朝を出した時、最初はみんなギョッとしていました。「東」って文字なんか、凄く足が長いもんだから「火星人みたいな文字だ」なんて言う人もいましたね(笑)

注1:ブックデザイナー、祖父江慎氏。コズフィッシュ代表。並外れた「うっとり力」で幅広くデザインを行う。

だけどそれから、さらに絞ったのが欲しくなったんです。

そうして作り出したQ明朝がある程度出来上がって、「仮名は、やっぱりこれやりすぎですよね」「もっと大人しくした方がいいですよね」って祖父江さんに見せました。すると「え!これはこのまま。これはこれがいい!」「振り切っているのがいいんだ」って言われるんです。

なまじっかQ明朝を平凡な方向に振っても、それは面白くない。振り切った結果、「確かに明朝体なんだけど、凄く新鮮だよね。これ、凄い」ってみなさんに思っていただける、今まで作った文字の中で一番振り切れた形のQ明朝が完成したんですね。

「文字を作る」ということは、形を浮かび上がらせる作業なんです。

僕は筆を持ちません。

実際に紙に書くのではなくて、頭の中でどう形づくろうかって言うのを考えるんです。

筆の動きの理屈はわかっているから、まず形をどうしたいかを考えて、「そしたら筆はこびはきっとこうなるよね」ってパソコンの画面上でパスを引いていくわけですね。ハンドルとアンカーポイントを使って、「ここをこう下げるとどうなるんだろう」「上げるとどうなるんだろう」って作りながら、形をこう、浮かび上がらせる作業を行います。
僕が文字を作るのはそんな感じなんです。

 

でも、何かしらの取っ掛かりはあるんですよ。「こういう〈な〉を描きたい」とか、金属活字の資料を見て「こんな〈さ〉〈き〉があるんだ、これに合う五十音を作りたい」とか。

例えばヴィンテージ明朝。

これは、福沢諭吉監修の手習いの「ふ」の形が面白かったのがきっかけです。「ふ」以外の文字は普通なんですよ。「ふ」の形があまりにも面白くて、それに合わせたような五十音を作ったわけです。

蓄積したものを、自分流に発展させてる…デザインってそういうことなんじゃないかな。

世の明朝体の原点が、築地5号です。

例えば、初期の秀英は築地の香りがプンプンしていて、詳しくない人が見たら「えっ、これ一緒じゃないんですか」ってなるくらいに似ています。だけど年月が経つにつれて、築地は築地らしく、秀英は秀英らしく洗練されていく。いろんな書体が洗練されながら、自分たちの特徴を出していったんです。
初号明朝の仮名で例えるなら、築地は雄渾ながらも「モチッ」としていますが、秀英は綺麗なイケメンでシャキッという感じ。お相撲さんで言えば、築地は「もこもこもこ」とした、柔らかくてどっしりしたお相撲さんで、秀英は筋肉質なお相撲さんですね。

明朝体なのに、全然違うでしょう?

デザインは、他のものから何かしらの影響を受けることがしばしばあります。その受けたインスピレーションを、今度は自分流に発展させていくんです。すべてのものがそうなんじゃない? 過去の色々な蓄積したものを、自分流に発展させていく…デザインってそういうことなんじゃないかな、と思うんです。

 

Q明朝もそうです。

「や」は築地の書体によく似ているとか、「め」の上がこう上に突き出しているのは、例えば秀英の3号や他の書体に近い形だとか、よく言われます。だけど全部違うんです。
影響を受けた文字や「こういう感じの文字」というのがあっても、じゃあその文字の隣に並べたとして、同じかというと、けっして同じではないんですよ。

作っている自分がワクワクするものでないと、使う人たちがワクワクするわけがないんです。

作っている自分が、ワクワクしたいわけですよ。
だって作っている人間がワクワクしないものを出したって、使う側の人たちがワクワクするわけないでしょう?

「今までの金属活字でもありました、写植時代でもありました、それをそのまま再現しました」っていうのも、それはそれでお客さんも喜ばれるかもしれないけど、でもそれ以上の何かはないと思うんです。なんかこう、ドキドキっとする、そういうものを感じさせたいんです。そうでないとやっぱり、作っていても面白くないよね。

だから僕は、「こういう書体があったらきっと面白い」を追求しながら文字を作っているんです。「ちがうちがう、こうなると面白くないから、もっと面白いように」ってね。

形のあるものは、いつの時代でも、その時代に出てくる時にワクワク感がないと、やっぱりつまんないんじゃないかと思うんです。

自分が作る明朝体は、常に「伝統的なんだけど新鮮に見える」ようにしようと思ったんです。

僕はファッションが好きです。
社会人になって、自分で働いて稼いだお金で衣服を買うようになったその当時、「トラッド」っていう伝統的なデザインの服と、ヨーロッパ型の凄い格好付けみたいな服(笑) そんな2つがトレンドだったんです。

でも昭和五十年ごろはもう、従来のトラディショナルなデザインを売りにしたような服が飽きられてきちゃった。…いや、「飽きられる」っていうよりも、新鮮味がなくなっちゃってきていたんですね。

そして六十年代になって、それまでのとはちょっと違ってラインがちょっとセクシーな、それまでと違う「新しいトラッド」が流行ったんですよ。

そこで思ったのが、形っていうのは、同じものを見続けるとどこかで「目に入らなくなる」ということだったんですね。新鮮味を失ってしまう。それで、「あ、トラッド、伝統と言っても、ブラッシュアップをどんどんしていかないと、やっぱり新鮮味はうすれちゃうんだ」と。

新鮮に見えないと、お金を払ってまで買おうとは思わないんです。だから「伝統的なんだけど新鮮に見える」というものが常に必要だ、と気づきました。
だから、自分が作る明朝体はそういうふうに作ろうと思ったんです。

「いつ出るの?」って言われる方が〈強い〉んです。

装丁家さん達とお話していると、「ところで藤田さん、オールドゴシック…ファミリー化はいつやるんですか」とよく話題に上がります。「それを考えているんですよ、いつ出そうかと。お客さんが言うとおり、オールドゴシックのファミリー化もそろそろ考えないといけない。でも…」と手元の新書体の資料を見せると、「え!藤田さんこの新書体、いつ出るんですか!」ってなる(笑)

Q明朝のサンプルを色んな人に見せたときもそうでした。

お客さんに見せる時って、「いいね」とか言われるよりも「いつ出るの」って言われる方がね、〈強い〉んです。「いいね」「素敵だね」っていうのは、半分、場に合わせたおべっかみたいなもの。ところが、「いつ出るの」って言われるのは、もう全然違うんです。だってそれは、「欲しい」っていうことじゃないですか。

だから、「Q明朝は、凄く脈がある、これはイケるんだ!」と思ったんです。

「見れる人」の半分以上が面白いと思ってくれたら、そのデザインは成功なんですよ。

僕は、お手本通りとかそういうのには興味がないんです。小さい頃から〈異端〉って言われ続けてきているから、「異端の文字」だと言われることだって別になんてことはない(笑)

決まりきったこととか当たり前のこととか、小さい頃から苦手なんですよ。右に倣えっていうのがとってももう、とってもつまらなくて耐えられないんです。

自分がワクワクしていないと、他の人がワクワクするわけないんです。そのワクワクが、わかる人にはわかる。もちろん、全ての人がワクワクするとは絶対思えないですけれど。

みんなが好きなものっていうのは、つきつめると可もなく不可もなくというものに近いんですね。だから、一部の人が「俺嫌いだな、これ」って言うのは全然構わないんです。そうでないと不自然ですから(笑)

逆に、俗にいう「わかる人」、きちんとこだわっている人の半分以上がワクワクしてくれたら、そのデザインは成功なんですよ。


筑紫書体の「これから」

「明朝やゴシックから離れた書体」が、筑紫の第三期だろうなと思っています。

筑紫書体は、おおきく3つに分けられます。

筑紫書体の一期は、オールド明朝・丸ゴシックまで。それ以降、Q明朝や今制作しているAMゴシックあたりまでの、この「今までにはなかったでしょう、こういう明朝、こういうゴシックは」みたいな感じ。ここが第二期。

明朝については、突き抜けたこのQ明朝がひとつの僕の終着点なんだと思っています。AMゴシックもまた、今まであった筑紫書体とは路線が半分くらい違います(笑)

「こんな書体があったら面白い」っていうのが第二期ですね。

で、これからは明朝やゴシック、丸ゴシックから離れるんです。宋朝とか筆書体的な、そこが三期だろうな、と思っています。筆書体のサンプルは数文字しかないんだけどね、Twitterに上げているんですよ、一応。

 

はじめは筆書体じゃなくて、筑紫楷書体っていう名前にしようとしていたんです。
ところが鳥海さん(注2)に見せたら、「藤田さん、この〈楷書〉というのはやめた方がいい。」と。僕にしては、繋がっているかいないかが楷書か行書かっていうのだったから、なんでと思ったんですけど。

だけど、そのあとにかなを作って気づいたんです。

「楷書じゃないな、これ」って(笑)

こんな「ゆ」は普通の「かな」とは言えないし、普通の「かな」じゃないと楷書とは言えない。でも僕は「ゆ」の形をこうしたい。

なるほど、普通のかなは僕は作りたくないんだな、って思って、「筆書体」にしました。
やっぱり「見たことのない、面白いのは使ってみたい」ってなるじゃないですか。これだったら面白いし使うだろう、と。そういうことなんです。

注2:書体デザイナー、鳥海修氏。有限会社字游工房代表取締役。ヒラギノシリーズや游書体ライブラリーなど、ベーシック書体を中心に100書体以上の書体製作に関わる。


長く愛されること、それが書体として、とても大事なことなんです。

僕はフォントを使う人の業界の中で、これからどのようにQ明朝が広がっていくのかっていうことに興味津々なんです。
冒頭でも言いましたが、業界の中でも、2日3日のうちにこんなに大人数がQ明朝に興味を持ってくれて、使ってくれることなんて、今までにないことでしょう?この書体は、とても面白い方向性になる可能性を秘めているんじゃないかな。そういう期待は持っています。

長く愛されること。それが書体として、とても大事なことなんです。

出してすぐの反響は嬉しいですし、初期の頃はリリースしたばかりの書体を使った最初の出版物が何かということに興味がありました。でも今は、それよりも、リリースしてから5年経った時に本屋で見る頻度、10年経った時の頻度、そのほうが興味ありますね。

テレビのチャンネルをつけた時、ゲームをした時、本屋に行って平積みの本を見た時。昔からすると、筑紫書体はパッと目につくようになってきました。書体が成功したかどうか分かるのは、5年、10年、15年と、先の長い話なんです。

あちこちでよく見る状態になってようやく、自分の中で「このデザインは正解だったんだ」「作ってよかった」って感じられるわけですよ。